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スケルトンのバーンは、焚き火をじっと見つめている。
ユニティの軍勢は、帝国の首都ヘフトの近郊で、襲撃に備えて最後の休息をとっていた。
皆がスキマーの乾燥肉を黙々と食べている中、バーンはふと、マルコと出会った時の事を思い出していた。
あの時の自分には想像できなかったに違いない。歴史の傍観者だった自分が、これほどまで歴史に干渉していることを。
マルコと出会う前から、バーンは冒険者としてこの大陸をさまよい、人々の歴史を見守ってきた。様々な民族や国家が、隆盛と没落を繰り返してきた光景を、バーンはありありと覚えている。
どのような物も永遠には存在しえない。人も、思想も、国家も。
機械の体を持つスケルトン自身もそうだろう。いずれ唐突に機能停止する日がくるかもしれないし、ブラックデザートを徘徊するスケルトンのように、理性を失ってしまうかもしれない。
そのような自分が、今や歴史を作る立場にいる。
後世の歴史家に自分がどう評されるのか、バーンの知るところではないし、興味の無いことだ。しかし、一つだけ彼には思いがある。
奴隷解放というマルコの思想を、出来るだけ長く後世に残す。長く歴史を見てきたバーンにとって、帝国や聖なる国、そしてシェクと比べて、ユニティが目指す将来の方が、大陸に生きる人類にとって有益であるように思う。
いずれ人間であるマルコが死を迎えるかもしれないし、その後継者が思想を曲解することで、ユニティもトレーダーズギルドや帝国のように変質してしまうことだってあるかもしれない。少なくとも自分の目が黒いうちは、誤りを正せるようにしておこう。
バーンはマルコを見ながら、そんな風に思っている。
十分な休息をとったマルコ達は、ヘフトの門前に迫る。
帝都を守るべき衛兵の姿がない。
「うう、物乞いのように飢えている。街の農園が破壊されてしまったからな・・・」
あの屈強なサムライが、飢えに苦しんでいる。
散発的な抵抗にあったものの、サムライ達は皆飢えており、戦う力は残っていなかった。
肢体を失い無残にもはいつくばるサムライ達。
血の匂いを嗅ぎつけ、狡猾なスキマーが街になだれ込んでくる。
武器を失ったサムライ警官達が、素手で絶望的な戦いを仕掛ける。
攻撃の好機と判断したのだろう、反奴隷主義者たちも集結する。ひとり、またひとりと帝国の兵士達はその命を散らしていく。
その姿を見て、帝国市民達は何を思っただろう。
眼前で繰り広げられる地獄を尻目に、マルコ達は皇帝の住居へ殺到する。
先陣を切ってマルコが近衛兵に飛び掛る。
横たわる中の一人に、帝国の高官の姿があった。
彼でさえ満足な食事を与えられていないのだから、皇帝も衰弱しているはずだ。
謁見の間にたどり着いたその時、
ついに皇帝テングが姿をあらわした。
「なんて狂気だ!」
「誰が狂っているのか、誰の目が見ても明らかだろう」
マルコは吐き捨てる。
逃げ出そうとする皇帝を追い詰める。
テング自身も中々の剣の使い手なのだろう。しかし、ポントスのパラディンクロスは、確実にテングの力を奪っていく。聖帝フェニックスの形見で切りつけられることになるとは、皇帝にとって皮肉なことだ。
逃げながら戦う皇帝も、ついに腹を括った。
ポントスに捨て身で迫る瞬間をマルコは見逃さなかった。
強烈な蹴りの一撃によって、ついに帝国の皇帝テングは地に伏した。
皇帝を倒した。
階下で戦っていた仲間にその情報が伝わると、軍勢は歓声を上げた。
マルコは皇帝を担ぎ、足早に皇帝の住居を出る。
目的を達成した以上、ここに立ち止まる理由は何一つ無い。
「皇帝を誘拐するとは、誰も生きて返さんぞ」
死の間際においても勇敢であるサムライたちに同情しながらも、軍勢は手加減なく彼らを切り伏せる。
皇帝の危機を知りながら、自身の住居に隠れている卑劣なオオタにも刃を向ける。
彼も皇帝同様、ユニティに送られる。
街には静寂が訪れていた。
繁栄を誇っていた帝都も、もはやガレキの山と化した。
マルコ達は勝者として、帝都を去る。
こうして帝国との戦争は、ユニティの勝利で終わった。
諸説あるものの、後世の歴史家達は、ユニティによるテング誘拐をもって、長く続いた都市連合の最後としている。
広大な砂漠にどのような勢力図が描かれるのか、この時はまだ誰も知らない。
ひとつ確実なことは、奴隷制度という不平等が、皇帝の権威の失墜と同時に終焉を迎えたということだろう。
つづく。