20xx年、地球。
核戦争に起因する環境変動により、文明は静かにその生命を終えつつあった。
そんな折、軌道上に浮かぶステーションから、一隻の船が切り離された。船というよりも巨大なコンテナのようなそれは、月でスイングバイをして、太陽系の外へとゆっくりと歩を進めていく。
その一部始終をモニターで眺めるひとりの科学者がいた。彼はウイスキーを片手に、じっと動かずにいる。彼は自問自答していた、果たして自分が行った行為は正しいのだろうかと。
もう地表からの通信が途絶えて12年と245日。ステーションの種々の計器は、地表に生命が存在できない事実を残酷にも証明している。つまり、彼が死ねば人類は絶滅してしまうのだ。
いや、正確には彼は最後ではない。冬眠状態の人間の一団が、コンテナに載せられていた。プレモディットと呼ばれる彼らは、その名の通り遺伝子工学により改造を受けている。ある者は戦闘用に、ある者は知的活動用に、そしてある者は娯楽用にと、それぞれの用途によって「調整」されていた。
プレモディット達は、コンテナが生存可能な惑星にたどり着いた時、解凍される予定である。まあ、そんな惑星が存在したとして、そこにたどり着ける可能性はないだろうと、科学者は考えていた。
元々前科持ちのならず者集団なのだから、プレモディットなど自分と運命を共にして、宇宙のデブリになってよいだろう。しかし、自らの運命を自らで決める自由くらい、奴らに与えてやろうではないか。そうだ、この船はピルグリムとでも名付けよう。ありもしない理想郷を求めて出発するみすぼらしいコンテナに良く合う、最高の皮肉じゃないか。
虚空を見つめるうち、科学者はこくりこくりと眠りに落ちていた。自らが下した決断が、プレモディットだけでなく、この銀河全体の運命を左右するものになるなど、彼には知る由もないし、知る必要もないだろう。
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2200年。
ピルグリム達はついに宇宙時代を迎えた。
彼らには「地球」という聖地を探すという、明確な目標があった。そこで自らを生み出した神と対峙し、彼らが生み出された理由を知るという民族的至上命題が彼らにはある。
様々な解釈を一つにまとめたものが、彼らの信仰する「地球教」である。指導者達がその思想を先鋭化していくにつれて、排他的な民族性もまた、醸成されていった。
遺伝子工学により、彼ら一人ひとりは並外れた知能を持つ。また彼らの神は「生産」を意図していたことから、繁殖力も強化されている。しかし無理な改造の結果、寿命自体は人類よりも短くなっている。世代交代の速さは、彼らの帝国にどのような影響をもたらすのか、現時点ではわからない。
果たして彼らは母なる地球に帰還し、民族の存在意義を見出す事が出来るのだろうか。
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