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北へと向かっている途中、ボイドは道中で集落を見つけた。近寄ってみると誰もいない。おそらく住民はスキマーの群れに襲われたか、奴隷商人たちにさらわれてしまったのだろう。ここで生き残ったのは、青々とした食用サボテンだけだ。強烈な日差しと乾いた風にさらされながら、何事もなかったかのように、サボテンはその場にたたずんでいる。
感傷に浸っても意味がないと、ボイドは思った。どんな人間にも死の時は訪れる。しかし、その時までどのように生きるかは自分次第だ。俺は必ず、商売で財を成す。いつか帝国貴族になれる日を夢見て、目の前の仕事をこなすほかない。
集落を通り抜け、ボイドがたどり着いたのはバークの街だ。帝国の辺境のほうが、奴隷やお尋ね者も多いに違いない。
案の定、街の周辺は喧噪であふれていた。スキマーと奴隷商人が戦っていたのを見つけ、ボイドは漁夫の利を得ようと両者に殴りかかる。思った以上にてこずったものの、何とか相手を叩きのめすことができた。懐を漁り、重症の人間から順番に街に運ばなければならない。もちろん、奴隷として売り飛ばすためだ。
だが、そこに邪魔ものが現れた。別の奴隷商人たちだ。
「こいつは逃亡奴隷に見えないか?」
どう考えても一人で勝てる相手ではない。けがをした足を引きずりながら、ボイドは一目散に逃げだす。無様な姿をみて、商人たちは笑い声をあげる。しばらく走ったところで後ろを振り返ると、追手の姿はなかった。どうやら奴らは別の獲物を見つけたのかもしれない。ほっと胸をなでおろすと同時に、自分の非力さに情けなくなった。
何とか街にたどり着き、粗末なベッドで横になる。「俺がやっていることは真似事に過ぎないのか」彼は一人呟いた。やはり、一人だけで商売をするのは難しいのかもしれない。
傷がいえたボイドは、街が騒がしいことに気が付いて目が覚めた。
「閣下に近づくな!」
派手な格好をした貴族とその下僕が、街に入ってくる。一目散に街の防壁に備え付けられているクロスボウ砲台に駆け寄り、外にいる反乱農民たちに向かって容赦なく弾丸の雨を降らせる。どうやら彼らなりの「狩り」を楽しんでいるようだ。
残酷な狩りの様子を眺めているときに、ふとボイドは自分の財布から金が抜き取られていることに気が付いた。
振り返ると、女が一人立っている。
「私になにか用かしら?」
「お前、金を盗んだだろ」
「私を見て。女の子が一人で何とか食べていかないといけないの。悪気はないのよ、よそものさん」
「そうか、俺も同じだ。一緒に来るか、同情するよ」
「あんたの悲しい話なんて聞きたくない。もう時間がないの。ガードは私を監視しているし、お腹がすいて死にそう。あんたは生活に困ってなさそうね。私はこのみじめな街から出ていくことすらできないの」
「そうか。ここを出ていきたいなら私と一緒に来い。俺たち負け犬は協力しなければならない。いいな」
「わかった。私にはぼろきれの他に失うものはないわ。あなたは親切そうだし、一緒に行きましょう。あなたと私で協力するの!」
「その前にまず金を返すんだな・・・」
こうしてレッドと名乗る女が、仲間に加わった。
続けてボイドは酒場を訪れる。ここでも一人、仲間を募る。
7,500キャットもの大金を支払い、ハイブソルジャーを雇った。彼の名はオドゥクという。ここいらでは名の通った剣士らしい。
こうして旅のメンバーは3人に増えた。一行は意気揚々と街を出る。
街を出てすぐ、二人組の賞金首を見つけた。3人で囲めばすぐに倒せる相手だ。ボイドの目には4,000キャットしか見えていない。
「何者だ!ここで何をしている!!」
オドゥクの脇差が、敵の体力を奪っていく。
少し苦戦したものの、賞金首二人を捕まえることが出来た。さあ、あとは街の警察にこいつらを突き出すだけである。ボイドは浮かれている。賞金を手にしたら何に使おう。バーで酒を飲んで、たまには干し肉以外のものを食べよう。フードキューブは健康に良いらしいけど、とても味気ないらしい。出来ることなら米を食べたい・・・。
しかし、諸行無常とはよく言ったものだ。彼らなど所詮、風の前の塵にしか過ぎない。
ちょうど日も暮れかかったころ、もうすぐでショーバタイの街という所で、ボイドとその仲間たちは農民たちに襲われたのだ。
成すすべなく一方的に打ちのめされた一行は、その場に倒れこんだ。
農民の飼い犬が、もう息のない賞金首たちの死体を貪り食う。その間にもレッドとオドゥクの体からは大量の血が流れる。ボイドは死んだふりをしながら、祈るような気持ちで犬が立ち去るのを待つ。しかし、よほど腹が減っていたのだろう。一人の死体を平らげてからも、そこから動く気配がない。一刻も早く二人を手当てしなければ、死は確実だ。
ボイドの心の中に、新たな精神が生まれていた。それは「レッドを守る」というものだ。初めてレッドを見た時、彼は思った。同じ境遇で苦しんできた彼女を守れるのは、自分しかいないと。彼女に街の外を見せてやって、裕福な暮らしをさせてやりたい。だからこそ、こんな砂漠で死ぬわけにはいかないのだ。
覚悟を決めた彼は、ボーンドッグに這いよる。粗末な鉄の棒を、渾身の力でもって振り回す。「このクソ犬が!ここを立ち去れ!!」
しかしボイドは、選ばれし者ではなかった。腹をかみちぎられた彼は、そのまま意識を失った。
何事もなかったかのように、ボーンドッグは食事を続ける。しばらくして満足したのだろう、その場を去った。
乾いた砂の上で、血だまりが広がっていく。
必死に守ろうとした、レッドが死んだ。
オドゥクもボイドも、その後を追った。
血の匂いに誘われて、野犬が近づいてくる。
トレイダーズギルドのキャラバンは、その横を平然と通り過ぎていく。ありふれた食物連鎖の光景なのだろう。誰も、何も気にしない。しょうもない悪党がどう生きてどう死んだのかなんて、誰にも興味のないことだ。
やがて地平線上に太陽が沈んでいく。
もうすぐ砂漠は夜を迎える。
星々は輝き、静けさが砂漠を包み込む。静寂を切り裂いて、満足そうな野犬の遠吠えが響き渡る。
全てを知るのは、寡黙な砂の海だけだ。
おわり