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身を潜めたユニティの兵士たちが、奴隷商人のキャンプを見つめている。
マルコの命令が下れば、軍勢はキャンプへと突撃する。ロンゲンを倒したことで彼らの士気は上々だった。皆、我先に門をこじ開け、奴隷商人たちに鉄槌を下すという気概に満ち溢れている。
皆の様子を見て、マルコは勝利を確信している。もっとも奴隷商人は大した武力をもっていないし、唯一手強い貴族の護衛たちも、こちらの軍勢の前では無力な存在だろう。
ふっと脳裏にある光景が思い浮かんで、マルコは顔をしかめる。パラディンとサムライが、拠点の門前で折り重なって死んでいる光景が頭から離れない。
戦わなければ自由は得られない、だが、一体どれだけの血を流せばそれを得られるのだろう。
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前回の防衛戦の後、ユニティでは連日激論が交わされた。
勿論、帝国を屈服させる方法についてだ。
戦略的な勝利は戦術的な勝利の積み重ねの上に成り立つ、それが正しいのであれば、多くのサムライ達を地獄に送り込んだマルコ達はとっくにこの戦争に勝利しているはずだ。
しかし、現実はそれと異なる。例えばヘングは何度街を根絶やしにしても、しばらくしてサムライ達が我が物顔で街を闊歩している。
皆が議論を重ねる中、一人の男が口を開いた。
「帝国の経済を破綻させる、それしかこの戦争に勝つ方法はないでしょう」
ホーリーネーションの異端審問官だったポントスだ。
「彼らが兵士の補充を続けられるのは、帝国経済が依然壮健だからです。確かにロンゲン亡き後トレーダーズギルドの力は弱体化し、帝国という身体に多少の負担を与えたでしょう。しかし、その血液の循環を止める為にはさらなる布石が必要です」
ポントスがこのような考えに至ったのは自然である。聖なる国で生まれ育った彼にとって、この砂漠はまさに不毛だった。一日中砂嵐が吹き荒れるこの地に、草木は一本も生えていない。大河が流れ肥沃な大地が広がるオクランの地との差は明らかだ。
この不毛の地に腹を空かせた反乱農民達が彷徨う一方、帝国貴族は肥え太っていく。あまつさえ麻薬の享楽にまで手を出すありさまだ。
それを支えるのが「無償の労働力」だろう。劣悪な環境で死ぬまで働く奴隷達がいるからこそ、帝国という身体の血液は循環しているのだ。
「では、血液を止める為にはどうすればよいだろう」
察しのいいマルコのことである。ポントスの意図は十分に伝わっている。
「各地の奴隷キャンプを解放するのです、マルコ。各地のキャンプが機能停止すれば、食料は勿論、生活物資すら滞ることになるでしょう」
バーンも静かに頷く。彼も内心、帝国の物量に辟易していたし、決着をつけるにはまず経済的な打撃を与える必要があると薄々感じていたのだ。
納得したマルコは、意を決してユニティの皆を門前に集めた。
「諸君、この街がなぜここまで大きくなれたのか、いま一度考えて欲しい。奴隷商人から逃げ出し、リトルと犬一匹でこの地に流れ着いた私は、理想郷を作るという熱意にあふれていた。初めてこの街に建物が出来た時の光景を、私は今も覚えている。ただの掘っ建て小屋しかなかったこの街に、次第に人が集まり始め、防壁が築かれ、農業による自給自足が完成し、戦争によって一大勢力として世に認められた」
「私は当時の気持ちと何も変わらない。誰にも生まれながらにして普遍の権利があり、誰もが能力や努力によって正当に報われる社会、それが私の理想郷だ。この理想こそが、団結という名を与えられたこの街の原動力なのだ」
「我々の次の目標は、帝国各地の奴隷キャンプだ。経済的に帝国の息を止める布石であることは勿論のこと、我々の理想とする社会を作るために、キャンプの存在を絶対に許すことができない。肥え太った貴族どもの悲鳴を、奴隷解放の号砲とするのだ」
「貴族のデブどもを殺せ!」
「自由のために戦うんだ!」
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マルコは、軍勢に突撃を指示した。
ユニティの軍勢がキャンプになだれ込む。
貧弱な奴隷商人たちはひとたまりもない。なんとか一矢報いようとしてくる彼らを軽くあしらい、建物内部に侵入する。
ひとつひとつ、檻を開けていく。
「あんたは俺を助けに来てくれたんだろう?」
「ああ、その通りだ」
「おお、それなら俺を放っていかないでくれよな。誰かがまた来て、俺を檻にぶち込もうとするだろうからな。よければ連れて行ってくれないか。あんたの為に身を粉にして働くよ。約束する」
「わかった。ついてきな」
こうして、マルコの旅路に新たな仲間が加わった。他の奴隷たちはわれ先にと、キャンプの外へと駆け出していく。
そしてついに、このキャンプの元締めである帝国貴族を見つけた。
「奴隷の女主人レン」という名前らしい。
容赦なくマルコの空手が突き刺さり、レンは地面に叩き付けれられる。
貴族の息の根が止まると同時に、このキャンプも壊滅した。
まだこの砂漠に、帝国の奴隷キャンプは無数に存在する。
時間も労力もかかる戦いである事は誰もが承知している。しかし、彼らが立ち止まることはないだろう。
つづく。