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拠点に戻ったマルコは、さっそく手に入れたエンジニアリングリサーチを元に防壁研究を始めた。
スケルトンのバーンですら、せっかく家に帰ってきたのだから休暇でもとればと思うが、マルコは昼夜問わずワークベンチに向かう。
二人が不在の間も、ユニティは絶え間なくホーリーネーションや帝国からの襲撃を受けており、少なからず人的被害もあった。リバースから解放してきた元奴隷の二人が、ホーリーネーションの歩兵によって殺されてしまったのだ。
もう死者は出したくない、その気持ちがマルコを防壁構築へと突き動かす。
拠点一丸となって工事を進めた結果、今までよりも強固な陣地へと生まれ変わった。
依然として門を破られる事に変わりはないが、ハープーンでより沢山の敵を事前に倒せるようになったことは大きいだろう。
幾度かの襲撃を避け、防壁の能力を確認したユニティはついに動き出す。
彼らにとって攻め込む先は一つ。ヘングである。
2度も街を滅ぼしたが、2度とも帝国によって再興されたヘングを、今回ばかりは完膚なきまで叩きのめす。マルコはそう決めていたのだ。奴隷貿易によって財を成すトレイダーズギルドも同罪である。首領ロンゲンには命をもってその罪を償わせるつもりだ。
こうして、襲撃部隊はユニティを後にする。
門番のサムライを軽くあしらった後、トレイダーズギルドの本拠地へと部隊は歩みを進める。
そしてついに敵の首領を見つけた。
ロンゲンその人である。
「ガード!私を守ってくれ!!」
哀れなロンゲンは助けを求め逃げ回る。逃げ足だけは速い。
街の外まで来たところで、タロスの一太刀がロンゲンの背中を深々と切り裂いた。
巨体がもんどりうって地面に転がる。
ロングソードのメイトウをぶんどったマルコは、ロンゲンを奴隷商の牢屋にぶち込んだ。
「少しここで待っていろ。後で地獄を見せてやる」
マルコはそう吐き捨て、牢に鍵をかける。奴隷商のボスや店番も同様の扱いを受けた。
戦利品を集めてから、マルコはロンゲンを牢から出し、一度ユニティへと戻る。
一度傷を癒してから、次はヘングを襲うつもりである。
ロンゲンの巨体を軽々と肩に背負いながら、マルコは言う。
「力がみなぎってくる、そんな気はしないか?」
「この大陸で最も影響力のある勢力の首領を倒したんだ、俺たちは」
「友よ、本当の自由の始まりだ。これが続く限り楽しもう...」
感慨深いものがあるのか、スロウラインが呟いた。彼はユニティにまだ名前がない頃、街に流れ着いた古参のメンバーである。今までも幾度となくマルコのそばで戦ってきた。まさか彼も、ロンゲンを倒す日が来るとは思ってもみなかっただろう。
皆が計り知れない達成感に浸る中、意を決してスケルトンのバーンが口を開く。
「君たちのお祝いを台無しにする意図はないんだが、しかし、しかしだな。勢力というものは興亡するものなんだ。まるで雲が大きくなったり、風に流されて消えてしまうように」
「誰かがまた、ロンゲンの座に着くだろう。あなたたちが生きている間か、それより後に」
「俺たちがその座を手に入れる!俺たちがこの地の支配者になるんだ」
イライアスは興奮して叫んだ。彼もまた、マルコとともに労苦をともにしてきた仲間だ。マルコを人一倍信奉する彼にとって、バーンの言葉は聞き捨てなら無いものだろう。
「では奴隷キャンプは維持するのか?」
「犯罪者や夜盗、そして俺たちの敵だけ働かせたらいい。経済を止める事もないし、皆が幸せだろう」
バーンはその言葉を聴いて、少しうつむいてしまった。彼なりに次の言葉を選んでいるのかもしれない。
しばらく沈黙が続いたあと、落ち着いたトーンでバーンは言葉を紡ぐ。
「こうやってトレイダーズギルドは始まったんだ。皆、自分達の行いが正しいと思うものなのだ」
「これが人間という種族の弱さなのだ。人間はいつも、自分達の失敗から学ぶことを拒否する。過去を他の誰かのものとして無視するんだ」
「ああ、至極その通りだよ。我々は驕らず、先人と同じ轍を踏まないようにしよう」
落ち着いた調子でマルコも答える。その言葉にイライアスをはじめ仲間全員が納得したと同時に、マルコが生きている間、ユニティが道を踏み外すことはないだろうと確信した。箴言を素直に聞き入れる指導者など、暴力が支配するこの世界で稀有な存在だろう。
「ビープ」
「自立しなければ」
ビープもバーンの言葉を聞いていたのかもしれない。彼なりのユニティへの思いだとマルコは感じ、少し明るい気持ちになった。
ユニティに戻ってロンゲンを牢に閉じ込めた襲撃部隊は、再びヘング掃討へと向かう。
街は瞬く間に無人となった。
長居する必要はなく、彼らはすぐさまユニティへ戻る。
せめてもの情けか、戻ったマルコはロンゲンにパラディンクロスを手渡し、一騎打ちを申し入れた。自分を殺せば命は助けてやる。そう言ったに違いない。
もっとも、マルコにかなうはずはなかったが。
ロンゲンが倒されたことを知ったのか、復讐に燃えるトレイダーズギルドの残党がユニティに襲い掛かる。指揮官はかの有名な怪物「アイゴア」だという。
しかし、運命はユニティに味方したようだ。
なんと指揮者はアイゴアではなく、ただのサムライだったのだ。
しかもトレイダーズギルドの襲撃と同じタイミングで、フェニックスの残党達もユニティに近づきつつあったのだ。
謀ったかのようなタイミングで、両勢力がユニティの前に集結する。
アイゴアの代理なのだろう、ハイブのサムライが叫ぶ。
「貴様らに慈悲は無いし、犯した罪に対する裁判もない。ただ罰を受けるだけだ」
その間にユニティの門扉を叩き壊したパラディン達は、今度はサムライたちに襲い掛かる。両者にとって、ユニティの前で別の敵に遭遇するとは思っても見なかっただろう。
「ああ、雇い主よ。私はまた虐殺するしかないのか」
「切り伏せろ!」
ハイブの勇猛な叫びは哀しく響き渡った。
パラディン達と戦っている間も高所から降り注ぐハープーンを受けて、サムライは次々と倒れていく。パラディンも同様である。
絶望した一部のサムライが壁に特攻した結果、一部壁が破損してしまったものの、その間にもホーリーネーションの指揮官が倒されてしまった。
ハープーンの掃射に耐え切れず、ハイブのサムライも倒れこんだ。
もはや門扉の前で屍をさらすほかない。
フェニックスの残党が逃げ惑う中、サムライたちは執念を見せる。
這いつくばってでも門にとりつこうと、必死になって向かってくる。
そのような彼らに対しても、タレットの射手は容赦なく弾丸を降り注ぐ。
ひとり、またひとりとサムライたちは動かなくなった。
殺戮は終わった。
もはやフェニックスの残党もサムライたちも、ただ血を流す死体でしかなく、両者にその差はなかった。
マルコは考えていたに違いない。こうやって殺戮を繰り返すのも、人が歴史から学ばないからだと。それが人間の弱さだというバーンの言葉と、目を背けたくなるこの殺戮の光景は、生涯彼の心の奥底に留まることだろう。
こうしてヘングとトレイダーズギルドを倒したユニティであったが、帝国はまだ一つの都市を失ったに過ぎない。
戦争はまだ、始まったばかりである。
つづく。